☆和歌山城の歴史を訪ねる。
☆和歌山城跡
☆岡口門
☆追廻門
☆伏虎像
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☆二の丸庭園
☆石垣
☆御橋廊下
☆紅葉渓庭園
☆茶室紅松庵
☆新裏坂
☆案内板
☆和歌山城
通称: 虎伏城、竹垣城
城郭構造: 梯郭式平山城
天守構造: 連立式層塔型3重3階(1605年または1619年築・1850年再)
外観復元:(1958年再)
築城主: 豊臣秀長
築城年: 1585年(天正13年)
主な改修者: 浅野幸長、徳川頼宣
主な城主: 豊臣氏、浅野氏、徳川氏
廃城年: 1871年(明治4年)
遺構: 門・塀、庭園、石垣、堀
指定文化財: 国の重要文化財(岡口門・続塀)
国の史跡
国の名勝:(西の丸庭園)
和歌山市文化財:(追廻門)
再建造物: 天守、櫓、門、橋
☆和歌山城
和歌山城は和歌山市の中心部に位置する標高48.9mの虎伏山(とらふすやま)に建造され、
北部を流れる紀の川を天然の堀とする。本丸の北側に二の丸が配され、その外に大きく
三の丸が配された、梯郭式平山城である。
徳川頼宣は1621年(元和7年)より城の大改修と城下町の拡張を始め、計画では完成時より
更に大規模な城構えになる予定であったが、大規模な改修であったため幕府より謀反の嫌疑を
かけられるほどであった。しかし、附家老安藤直次の弁明で事なきを得た。また、外堀も
拡張して総構えにしようとしたが、幕府より嫌疑をかけられ中止させられてしまったため、
堀止の地名が残っている。後、数度の火災に遭ったが、その度に再建された。現在、城跡
として現存しているのは最盛期の4分の1ほどの面積である
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