和歌山城


和歌山城の歴史を訪ねる。
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和歌山城跡
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岡口門
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追廻門
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伏虎像
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手毬の碑
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二の丸庭園
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石垣
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御橋廊下
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紅葉渓庭園
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茶室紅松庵
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新裏坂
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案内板
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和歌山城
通称: 虎伏城、竹垣城

城郭構造: 梯郭式平山城

天守構造: 連立式層塔型3重3階(1605年または1619年築・1850年再)

外観復元:(1958年再)

築城主: 豊臣秀長

築城年: 1585年(天正13年)

主な改修者: 浅野幸長、徳川頼宣

主な城主: 豊臣氏、浅野氏、徳川氏

廃城年: 1871年(明治4年)

遺構: 門・塀、庭園、石垣、堀

指定文化財: 国の重要文化財(岡口門・続塀)

国の史跡

国の名勝:(西の丸庭園)

和歌山市文化財:(追廻門)

再建造物: 天守、櫓、門、橋




和歌山城
和歌山城は和歌山市の中心部に位置する標高48.9mの虎伏山(とらふすやま)に建造され、

北部を流れる紀の川を天然の堀とする。本丸の北側に二の丸が配され、その外に大きく

三の丸が配された、梯郭式平山城である。

徳川頼宣は1621年(元和7年)より城の大改修と城下町の拡張を始め、計画では完成時より

更に大規模な城構えになる予定であったが、大規模な改修であったため幕府より謀反の嫌疑を

かけられるほどであった。しかし、附家老安藤直次の弁明で事なきを得た。また、外堀も

拡張して総構えにしようとしたが、幕府より嫌疑をかけられ中止させられてしまったため、

堀止の地名が残っている。後、数度の火災に遭ったが、その度に再建された。現在、城跡

として現存しているのは最盛期の4分の1ほどの面積である




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posted by takyojiji at 09:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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